風邪。−ひきはじめが肝心。


「ルル」

ホームルームが終わった。
教科書を鞄に詰め、帰り支度をはじめる。
「ルル〜」
俺は置き勉をしない主義だ。教科書は机の中に置いたままにしない。持ち帰るかロッカーにしまう。
それが俺のポリシーでもある。
と言っても、ただ単に過去に盗まれたことがあるからなんだけど。
「ルルってば!」
「いてッ!…なんだよっ!?」
頭に軽い痛みが走った。髪を引っ張られたのだ。
…痛ぇよ…。抜けるって…。
「さっきから呼んでんのに返事しないのが悪い」
顔をしかめながら振り向くと、僅かに口を尖らせた昌一がすぐ後ろに立っていた。
「は?呼んでた?……。…って、もしかしてルル!?」
さっきからうるさいなぁと思っていたが、アレは俺を呼んでたのか!?
「そ、ルル」
昌一は当然だと言うような顔で答えた。
「…なんだよソレ…俺はいつからルルになったんだ?」
「今さっきから」
…あ、そ。
てか、なんでルル?
「…『ルル』って、どっから来たわけ?」
「圭、いま風邪引いてるでしょ?」
「…あ?…うん、まぁ」
「風邪薬と言えば、『ルル』じゃん。だからルル!」
……。
「なんぢゃソリャ!」
風邪薬はルルの他にもあるだろうに。
ルル贔屓かよ!
じゃなくて…
「…やだよ。普通で良いって」
「ダメ。ルル!それが嫌なら、イソジン!」
「もっと嫌だし!」
……どっちかしかないわけ?
チラリと昌一を見るが、どっちが良いんだよ?と問うような目で見つめてくるだけで、選択肢を増やしてくれる気はないらしい。
ましてや、普通に呼ぶ気もないようだ。
俺はしばらく考えたあと、
「…じゃ、ルル」
諦めたように答えた。
「よし、決まりー」
昌一は満足そうにニコリと笑うと、「さ、帰るぞ」と俺を促す。
昌一はいつも強引だ。
おまけに頑固なもんだから、なかなか自分の主張を曲げないところがある。今みたいに。
そして変な奴だ。
急にルルって言われても困るって…。
「恋人同士の呼び名って感じで良いだろ?俺だけの呼び方」
「……『ルル』じゃなければな」
でも、時々可愛いことを言ったりもするから憎めない。
むしろ、そんなトコが……結構好きだったりする。
「俺のことも、なんか特別な呼び方してよ」
「…え、どんな?」
「それはルルが考えんだって」
…ルル。慣れねぇ…。
考えんだ…って言われても…。
「…イソジンで良いじゃん」
「ダメ。ちゃんと考えろよ〜」
風邪薬から連想したおまえに言われたくねーよ!
と思いつつも、俺はうーんと唸って考えはじめる。
…昌一…だから。イチ、とか。
いや、昌一にも変なあだ名を付けてやれ。
ん〜…。
何か参考になるものはないかと廊下を見回すが、めぼしいものが見当たらない。
そんな俺の様子に少し先を行く昌一が「なんかないの〜?」と急かすように言ってくる。
「今考えてる」
ふと昌一の方に目を向けると、ポケットから飛び出ている携帯のストラップが目に入った。

…コレだ!

「じゃあ、『ぬりかべ』な」
「え゛っ…」
「なんだよ、文句でもあるわけ〜?」
俺はニヤリと笑う。
昌一の携帯には、俺があげた『鬼太郎』のストラップがつけられていたのだ。
「…わかったよ。それでいい」
「はい、決まりな」
昌一…じゃなくて、『ぬりかべ』は渋々承諾すると、てこてこと自分のロッカーへ向かっていった。



「寒っ」
外に出ると、ひやりとした冷たい空気が頬に当たる。
「うわー…寒ーいー」
後から出て来た昌一も外の寒さに身震いする。
よく見るとコイツ、かなり薄着じゃん。
Yシャツにセーターにブレザーまで着ている俺 ─まぁ風邪引いてるんだけど─ に対して、昌一はYシャツにベストという軽装。
10月のはじめとはいえ、寒いって。
「ブレザー貸してやろうか?」
「ん〜?平気」
「…どこがだよ」
昌一は身を縮め、自分自信を抱くようにしながら歩いている。
明らかに寒いのだろう。
俺はブレザーを脱ぐと、昌一の頭に被せた。
「の!?」
昌一は妙な声をあげて、驚く。
「風邪引くから、有り難く着とけ」
「うん。既に風邪引いてる奴に言われたくないけどね」
なっ…腹立つなぁ。
人が折角心配してやってんのに。
「冗談だよ。ありがとっ。…うわ、でかい」
ブレザーを羽織った昌一は、両手を広げてみせる。
確かに、昌一の体に俺のブレザーは少し大きいようだ。袖から指の先しか出ていないあたり、俺との体格の差がうかがえる。
昌一は俺より一回り小さい。背も俺の目の高さほどしかないし、体も割と細め。
「昔は俺の方がでかかったのになぁ…」
そんな言われましてもねぇ…。育っちゃったもんは仕方ないって。
「ルルのくせに生意気ー」
…は?なんだよソレ。
「ぬりかべのくせに口うるさい」
「なにをぉ?ルルのくせにッ……ルルのくせにー………」
それから先が続かない。
思い付かないんだな。
思わずくすりと笑うと、
「ルルンチョ!」
謎のことばと共に脇腹にパンチを食らった。
…痛い。骨に当たりました骨に…。
そうこうしているうちに、駐輪場に着いた。
俺は脇腹を押さえながら自転車を取りに行く。
うお〜…結構痛いぞ〜…。
高校から自宅までは自転車で20分とかからない。俺の家と昌一の家も歩いて数分しかかからないので、大抵一緒に登下校している。
ちなみに俺が漕ぐ俺の自転車にアイツは乗っているだけ。
酷いときには、必死でチャリを漕いでいる俺の後ろでパンを食っていたりするから腹が立つ。
自転車にまたがり戻ってくると、待っていた昌一がひょいと後ろに乗った。
「んじゃ、出発ー」
…へいへい。
冷たい風を受けながら、自転車を漕ぎ出す。
「さむい〜」
ふと昌一が背中に抱きついてきた。
あったけぇ。





翌日。

俺の風邪は悪化した。
ついに熱が出てしまったのだ。
そんな状態では学校に行けるはずはなく、家で大人しく布団にくるまっているしかない。

『俺もルルになっちゃった…』

ちなみに昌一も風邪を引いてしまって寝ているらしい。
朝から携帯にメールが入った。

『見舞いに来て(*´∪`*)』

はいぃぃ?





2004,10,11

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