夏の電車。






告白したのが僕の方からだったのか、奥井さんの方からだったのか、よく覚えていない。
気が付いたら頻繁に会うようになって、気が付いたらいつも隣にいて、気が付いたら好きになっていた。


数年前の夏休みを目前としたある日、僕と奥井さんは電車の中でばったり会った。
奥井さんは僕がまだ小さい頃にすぐ近所に住んでいた。近所の子どもたちのお兄ちゃん的存在で、僕たちは毎日のように一緒に遊んでいた。2、3度家にも遊びに行ったことがある。大きな犬がいて、周りの子供たちは怖がってなかなか近づかなかった。僕は犬が好きだった。
それから奥井さんは引っ越してしまい、以来ずっと会うことがなかった。僕は小さかったし、手紙を書くこともしなかった。
その日、僕は学校の行事の関係でいつもより数本早い電車に乗っていた。朝が苦手な僕はぼんやりと電車に揺られていた。そこに乗り込んできて、僕の隣に座ったのが奥井さんだった。

「弘恵くん」

突然声をかけられて僕は驚いた。横を向くと、奥井さんは体を僅かに傾け、僕の顔を覗き込むようにして見つめていた。

「月澤弘恵くんだろう」

奥井さんはにっこりと笑った。ぼんやりした目でよくよく見ると、その笑顔には見覚えがある。ふつふつと記憶が蘇ってきて、僕は思わず「あ」と声を漏らしていた。

「久しぶり。まさか、こんなところで会うなんて偶然だね」

僕の様子に奥井さんはほっとしたような表情をしながら言った。
奥井さんは白のワイシャツに青と水色のチャック柄のネクタイをし、紺色のズボンをはいている。夏だからジャケットは着ていないが、制服だと言うことはすぐにわかった。手には鞄と、英語の単語帳のようなものを持っている。元々顔が整っていた奥井さんはしばらく会わないうちにさらに男前になっていた。

「…びっくりした」
「弘恵くん、大きくなったね。僕が知ってる弘恵くんはこんなに小さかったよ。よく笑う可愛い子だった」

驚いてまだ目をぱちぱちさせている僕とは対照的に奥井さんは昔を懐かしむように目を細める。

「弘恵くんはもう中学生か。僕が高3だから、弘恵くんは中2だね」
「うん。お兄…奥井さんは受験生だね」

奥井さんは僕の言葉にくすりと笑った。昔は『奥井さん』なんて呼んでいなかったから、ちょっと変な感じだった。

「弘恵くん、僕のこと『お兄ちゃん』って呼んでいたよね。懐かしいなぁ。僕には弟がいなかったから、すごく嬉しかったんだよ」
「へぇ」
「他の子は『大くん』って呼んでいたけど、弘恵くんだけが『お兄ちゃん』だったね」

僕は照れ臭いのと懐かしいのとで、顔を熱くした。自分ではわからないけど、きっと赤くなっていたと思う。
それから奥井さんは受験勉強で忙しいこと、大学の推薦を狙っていること、大学に受かったら独り暮らしを始めるつもりだと言うことなど様々なことを話してくれた。
僕は僕で、学校での出来事や昔一緒に遊んでいた友達が最近どうしているかを奥井さんに話した。
僕はそれ以来、奥井さんと同じ電車に乗ろうと早く起きた。朝が苦手な僕は、おかげで授業が始まるまでの時間、机に突っ伏して寝ていることが多かった。
今から思えば、それはもう恋というものだったのかもしれない。





2005,01,24



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